260612 飽きるということについて/About getting bored

「大野中の家0」

一枚の絵を飾る。それが北極熊のモノクロ写真なら部屋は少し涼しく感じる。
暑くなってきたし丁度良いわぁ~というのが、絵をかけかえたときの気持ち。
それが1日、2日、1週間経ち、1ヶ月もすればそこにあるのがあたり前すぎて空気のような存在になる。
3ヶ月もすると秋めいてくるので、そろそろ違う絵をかけかえ心機一転あらたなサイクルをはじめる。

この気持ちの変遷について、同様に建築に対しても感じている。

飽きるというのは、冷静に考えるとあたりまえな生体反応で、
変化のないものにいちいち毎日反応していたら年齢を重ねる程
感動だらけになってしまってパニックを起こしてしまう。
ほどほどに慣れて刺激として感じなくなることで新しい変化に反応できるキャパが生まれる。

ただ、建築においてはこの飽きるということが絵をかけかえるように簡単なことではない。
絵でいうところの次のサイクルがまわせないのがネックになる。

飽きることに抗うために、建築の方に何らかの仕掛けが内包されていないと・・・。
そう考えていたのが長らくのテーマ。

自分なりの答えとしては、日々変化するものを建築に仕掛けとして取り入れる。
人工的なものだと絶対に維持できないので、コスト0なもの。
光、空気、自然、植物、音

具体的な方法としては改めて。一旦、出発点となった問題提起を整理しておきます。